サステナブル(sustainable)と言う単語に漠然とした認識しか持たなかった私ですが、2011年の東日本大震災を受けて駆け付けた石巻市でのボランティア活動を通じて、その語の意味を深く意識するようになりました。
津波によって壊滅的な被害を受けた街の復興支援活動は泥出しや瓦礫の撤去から始まり、沿岸部での漁業支援に及び、その中で心に芽生えて来たのは「これまでの社会システムは本当に在るべきシステムだったのか?」との疑問でした。
破壊された家屋から毎日運び出した“瓦礫”と名を変えた生活の品々や、漁村や工業地帯に横たわる様々な機器や備蓄された原材料の圧倒的な物量に驚き、それを必要としなければ成立し得ない社会について、後ろめたいような、うすら寒いような不思議な感覚に陥りました。
大量生産と大量消費に何の疑いも無く野放図に肥大した社会と、自然環境への負荷やそれによってもたらされる弊害を省みることなく築き上げた私たちの暮らしが、地震と津波によって、その隠されて居た部分を露見させたかのように思われました。
腐敗臭に包まれ、鉄板入りの長靴を履き、シャベルと土嚢袋をぶら下げてボランティア活動に従事する中「復興と言うのは、今まで同様の社会に戻すことではない。」との思いに至り、経済の論理こそが最優先されて来た社会から自然の摂理に沿った社会への転換について思いをめぐらせたとき、「持続可能な社会の創出こそが復興を意味する。」との気付きに至りました。
さて、それではどうするのか?
その答えは簡単には見つからないかも知れませんが、あの日、未曾有の災害に際して身を挺した復興支援活動の中に、その活動を通しての経験や導かれた方法論の中に、大きな可能性を感じます。
そして、この可能性を感じ取る道程を共にした多くの仲間や先輩諸氏と共に研鑽を重ね、サステナブル(sustainable)な社会に向けて、行動を起こして行きたいと思います。
この行動と、そこから培われる経験や方法論の蓄積が、石巻を含む被災地域に留まらず、これからの社会を持続可能なものにして行くソリューションになると考えます。
一般社団法人サステナブルデザイン工房 代表理事 押切珠喜